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保育園探しに大苦戦。さらに卒乳の壁が...!

ミュンヘンは、ベルリンとハンブルクに次いで、ドイツで第三の都市です。
ドイツの他の都市に比べ失業率も低く治安も良いため、「世界で最も住みやすい都市」のランキング上位に挙げられています。

ドイツ人が国内で住みたい都市の第一位も、実はミュンヘン。人口は現在も増加中です。私が職場復帰した2003年末のミュンヘンの人口は約127万人だったのですが、2009年末には136万人に達しました。

実際に住んでみた感想でいうと、確かに、交通システムが整っており、イタリアやフランスなどの諸外国に行くのにも便利で、生活水準も高いため、住むには本当に快適な都市だと言えるでしょう。
しかし、それだけに家賃や物価が高く、フルタイムの仕事をしながらも、さらに副収入を稼ぐために他の仕事を掛け持ちして働く人も決して珍しくはありません

そんな環境の中、子育てをしながら働くお母さんたちにとって、越えなければならないハードルのひとつが、働いている間、どこに子供を預けるのかという問題です。

ドイツの保育園は、産休明けの生後8週間から預けることが可能なところが多いのですが、実際には、3歳になるまで親元で過ごすのが一般的です。
それは、ドイツの企業では、育児休暇が3年間認められているというだけでなく、幼児を預かってもらえる施設が物理的に不足しているため、祖父母が近くに住んでいないお母さんたちは、幼稚園に入園させるまで子育てに専念しなければならないというのが現実的な理由なのです。

とくに、ミュンヘンのような都市では、保育園を見つけることが本当に困難なため、赤ちゃんを授かったらすぐに保育園探しを始めた方がいいとまで言われています。私は最初娘が生後4ヶ月のときに復職しようと考えていましたので、妊娠7ヶ月のときに1つめの保育園に申し込みをしました。

その手順は、あらかじめ電話してアポを取り、保育園を見学してから申し込み用紙に記入します。そして、入園時期を第3希望まで記入し、さらに必要な保育時間や連絡先等を書き込みます。

ちなみに、保育園へ入ることのできる子供の選定基準の優先順位は一般的に以下の4つに分類されます。

•①  優先順位一位: 未成年や外国籍の両親が子供を育てられないケース("Hilfe zur Erziehung")

② 優先順位二位: シングルマザーまたはシングルファーザーが就業中や職業訓練中、あるいは片方または両方の親が就業中や職業訓練中のケース

③ 優先順位3位: 金銭的な問題に直面しているケース(Soziale Haertefaelle)

④ 優先順位なし

私は、1つ目の保育園の入園申し込みをした直後、妊娠7ヶ月後半で前駆陣痛が起こってしまったために、保育園探しは一時中断し、2つめと3つめと4つめの保育園に申し込めたのは結局妊娠9ヶ月でした。そして5つめの保育園はなんと産む2週間前でした(娘は予定日よりも3週間ほど早く生まれました)。さらに、娘が生後2ヶ月のときに6つめの保育園を申し込み、ひとまず保育園探しの活動が終了。
結局、6つの保育園に申し込み、すべて娘が生後4ヶ月から6ヶ月のときに入園できるように希望を出していました。

結果は、第一希望の家から徒歩10分くらいで通える保育園には見事に落選。しかも、6つ申し込んだうち、「OK」の返事がもらえたのは、たった1つの幼稚園からでした。私たちの優先順位は、前述した基準の中で2位でだったので、周囲の人からは、比較的簡単に保育園が見つかると言われていたのにも関わらずです。

 しかも、内定をもらえたのは、娘が生後9ヶ月のときだったため、入園希望の日程を、生後4ヵ月から、すぐに1歳へと変更してもらいました。今思うと、生後4ヶ月あるいは6ヶ月で職場復帰を計画していた場合、保育園が見つからないという問題に直面していたかもしれません。結果的に途中で娘が1歳と1ヶ月で復職することに変更したのは正しい選択だったのかもしれません(変更した理由について詳しくは→こちらの記事


ひとまず、子供の預け先が決まってひと安心。
娘が通うことになった保育園は、家からバス8分、バス停から徒歩10分くらいの距離にあり、保育園と幼稚園と学童保育所が一つになった「キンダーハウス」と呼ばれる施設でした。2003年9月。1歳になったばかりの娘をベビーカーに乗せ、ドキドキ、ワクワク...私のドイツの保育園通いがスタートしました。

娘が通った保育園では、初めて保育園生活を送る子供たちには、通常2週間の慣らし保育期間があります。お母さんは初日だけ最初から最後まで付き添い、次の日からは30分や1時間ママなしの時間を作ります。そうやって少しずつママのいない時間を延ばし、保育園生活に慣らしていくのが一般的だったのですが、私は娘が心配だったのと、少しでも一緒にいたいという思いもあり、保育園から特別に許可を得て、慣らし保育の期間を、1ヵ月にしてもらいました

 最初の週は1時間、翌週から2~3時間という風に少しずつ保育時間を延ばしていって、翌々週から30分から1時間ママなしの時間を作ろうということになりました。

娘は、初日はママにべったりで保育園の先生とまったく目を合わせようともせず、いったいどうなることやらと先が思いやられたのですが、次の日からは保育園のおもちゃで遊んだり、先生に微笑みかけたりして、ちょっと慣れた様子になり少しほっとしました。しかし、園長先生から、「みあちゃんは慣れるのにすっごく苦労をするでしょう」と言われ少々ショックを受け、一ヶ月間の慣らし保育期間を取って正解だったかもしれないと思いました。

園長先生から言われて驚いたことはもう一つありました。それは、その保育園では、1歳を過ぎても卒乳していない子供は娘が初めてだ、ということ。
 ドイツでは完全母乳期間は6ヶ月間で、6ヶ月を過ぎると少しずつ離乳食を始めて、一歳になる頃は完全に離乳しているのが一般的なのです。私がその当時、1歳になった娘にまだ母乳を与えていたため、園長先生は大変驚かれました。
「卒乳できていなくても、入園を許可してもらえますか?」と確認すると、園長先生が信じられない!というような顔つきをしていたのを今でも覚えています。
それくらい、ドイツでは「一歳で卒乳」というルールを守っているお母さんが多いということなんだと思います。

保育園に入園する前に断乳するべきかどうかすごく葛藤しました。ある人から、「お母さんが乳腺炎になって入院することになったらどうするの?たちまち家族のみんなが困ることになるのよ」と指摘を受け、また別のある人からは、「母乳育児は赤ちゃんにとって心のベースキャンプなんですよ。子供との絆のためにも母乳育児は続けるべきです」とアドバイスされて、どちらの生活がより正しいのだろうかと本当に悩みました。

結論は、娘が「自然卒乳するまで母乳育児を続けよう」でした。母乳を飲んで幸せそうに眠る我が子の姿が愛しくて、私はなかなか断乳する勇気が持てなかったというのが一番の理由です。保育園に行きながら母乳育児を続けることは思ったよりも難しくありませんでした。むしろ、おっぱいは私が家で仕事をする上で強い味方でもありました。なぜなら、娘は母乳を飲んで健やかに2時間ほど眠ってくれたので、その時間を仕事時間に充てることができたためです。

 結局、私は娘を2年と10ヶ月間母乳で育てました。離乳食や粉ミルクが好きではなかったというのもありますが、娘はママとの一体感をいつも求めていたような気がします。そして、なにより私自身が母乳で育てる幸福感を失いたくなかったというのもありました。し、それはドイツではなかなか大変な決断だったといわざる得ません。

ドイツのワーキングマザーの厳しい実情。
キャリアアップに必要なものとは 


復職後、母乳育児を続けることを決めていた私は、すぐに上司二人に相談し、娘が卒乳するまではホームオフィスで仕事させもらるよう、お願いしました。上司は私の事情を理解してくれて、週に 一回だけファイリングのために事務所に来てくれたらいいからと許可してくれました。

そして保育園生活が1ヶ月過ぎ、娘は8時半から12時半までの4時間は保育園で過ごせるようになり、10月からは私の仕事時間も週20時間に決定しました。本来、その保育園では、お昼なしの場合11時半にお迎えに行くか、お昼ご飯を食べる場合は14時以降のお迎えがルールになっているのですが、私は例外的に12時半のお迎えを園長先生から認めてもらうことができました。そうやって子育てのペースができてくるにつれ、私の心の中で復職へのカウントダウンが始まりました。

 しかし、その時期になっても、仕事と育児の両立がちゃんと行えるのだろうか、、、。これはずっと一番の悩みの種でした。なぜなら、ワーキングマザー一年生の私にとって、「育児をしながら仕事する」ということは、まったく想像ができない、別世界のことだったからです。

そんな不安を抱えながら2003年10月、私は復職しました。しかし、不安をよそに、上司や同僚との関係も良好だったため、比較的違和感なく仕事開始し、一年ぶりに職場復帰するという実感は正直ありませんでした。おそらく、育児休暇中も、会社のために仕事をしてからだと思います。
 そう考えると、育児休暇中にも、会社と強い接点を持っておく、ということは、ドイツで働くお母さんにとって、上手に仕事に復帰する重要なポイントなのかもしれません。一度上司からの信頼をなくしてしまうと、それを回復するのは、並大抵のことではありませんから...


もちろん、子供の保育場所が確保できないとなると、いくら育児休暇中の会社との関係が良好であっても、復職と同時に間接的にリストラされるリスクを抱えることになります。

 現に最近知り合いから、20年以上勤めたドイツ人女性事務員が子供を預ける場所が見つからなくて、退職に追い込まれたという話を聞いたことがあります。本来ならリストラされて「和解金」という名の退職金が支払われるのが筋なのですが、彼女が勤めた会社は約20年間の和解金を支払うことが嫌なので、保育場所が確保できなくて復職できなかったことを理由に自主退職を突きつけたそうです。これこそ、まさに「泣き寝入り」の状態であり、働くお母さんの厳しい現実を垣間見た思いがしています。

たとえ、保育場所が見つかっていても、小さな子供を抱えた母親が、常に結果を問われるドイツ企業の中で、フルタイムで働き続けることは、容易なことではありません。
 実際に、私の周囲でも、育児休暇明けに復職しないことを決意した人や、週20時間程度の労働をする母親が多いのが現状です。
 
娘が保育園に通っているときも、娘と同じクラスのワーキングマザーの数は片手に余る程でした。そして、そのほとんどが半日労働で、フルタイムで仕事する女性は本当に限られていました。

 たとえば、私のドイツ人女性のママ友は、何ヶ国語も操る有能な秘書だったのに、子供がいるという理由で、ずっと再就職できない状態でした。私はドイツでキャリアアップすることの難しさを痛切に感じています。

職場復帰して私が注意したことはとにかく、「ワーキングマザーだから使い物にならない」と上司から思われないようにすること。そのためには何をすればいいのか?それはたった一点のみ、「どんな小さな仕事でも大切な仕事なのだから、一つ一つの仕事をとにかく丁寧に正確にフレキシブルにこなそう!」。

私が復帰して最初に与えられた仕事は、iモードとiアプリのゲームチェックでした。「iアプリ(i-αppli)」とは、NTTドコモ携帯電話で実行出来るJavaを使用し、DoJaプロファイルに従って作成されたJavaアプリケーション及びサービスのこと。その後会社は、欧州市場向けのJavaゲームの開発にも着手したので、私はiモード、iアプリ、Javaゲームの検証を行うことになりました。このときしっかり丁寧に仕事をしていたので、後にキャリアアップする際の好ポイントにつながりました。

次に与えられた仕事は、ビジネスパートナー向けのニュースレターの作成。英語と日本語でiアプリやJAVAゲームのリリースニュース、欧州各国の携帯電話キャリアの横顔や統計データを盛り込み毎月一回発行しました。このとき、上司にどんどん思いついたことを提案し、自分の存在をアピールしました。

 2003年12月、娘がウィルス性の下痢になったのを皮切りに、2004年も1月から3月にかけて、娘は再びウィルス性の下痢になったり、熱けいれんを起こしたり、気管支に菌が感染して一週間ほど入院したりと、私は月の大半が仕事できない状態を経験することになりました。会社に対する申しわけなさから、私は自分から2004年4月から週15時間で仕事することを二人の社長に提案しました。

自分から減給と時短を申し出ることで、私が自分の仕事とその対価に対して、公正な判断ができることと、家庭の状況を判断し、早めに報告し対処フレキシブル性も会社に対してアピールできたと思っています。

 

2004年9月。突然二人の社長から呼ばれ、私は「QAマネジャーになる気はないか」と尋ねられました。「QA」は「Quality Assurance」を略したものであり、「QAマネジャー」とは「品質保証管理マネジャー」を意味します。つまり、モバイルゲームの品質を保証してリリースする立場になり、高い技術全般への理解力と語学力が求められるわけです。それまで、営業アシスタントやマネージメントアシスタントのように「アシスタント職」しか経験のなかった私なので、「マネジャー職」という責任のあるポジションに就くことなど想像すらしてもなく、社長から声をかけられたときは夢でも見ているのではないかと思いました。

「外部の人間の中から見つけようと思ったのだけどなかなか良い人材がいなくてね~、内部の人間に目を向けようってことになったんだよ。QAマネジャーの資質は、もちろん、ゲームの品質管理の責任を負えることだけど、ゲームテスターの面倒もちゃんと見れて、テスト結果の管理も正確に行えること。今までの君の仕事ぶりを見てきて、君しかいないと思ったんだよ。やってくれるね?

私のことを5年前から知っている上司のブルーメ氏はとにかく私をベタ褒めし、ブルーメ氏がもう一人の社長のハーゼ氏に私を推薦してくれたようだったのですが、その時、私はいつの間にか有頂天になり、「はい、やります」と返事をしてしまいました。
 しかし、帰宅してから本当に自分にできるのか、自信がなくなり、夫に「どうしよう、できないかも、、、」と泣き声で相談しました。

 彼に「大丈夫だよ。みどりならできるよ。自分を信じてがんばって!」
と背中を押されたこともあり、私はマネージャー職に就くことを決意し、翌日返事をしました。 

結果、私の仕事時間は週30時間労働に変更になり、毎日会社に行くことになってしまいました。娘の保育時間もそれに伴い8時半から15時半までと長くなり、私の仕事人生は、「中間管理職」という新しい冒険の世界に飛び込むことになったのです。

次回は、「愛すべきドイツ人大学生の部下たち」です。お楽しみに!

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↑いよいよ出産!この翌日に生まれました!



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↑育児休業中に、自宅近くの桜の木の前で。



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↑ドイツで大人気!みつばマーヤの人形たち。

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プロフィール

ゲッべルみどり

ゲッべルみどり

ペンパルで知り合い、遠距離恋愛を続けていた、ドイツ人の夫との結婚を機に1993年に渡独。

ドイツ語を猛特訓しながら、現地で就職活動を行い、最初にアルバイト・パートとして5年間ジェトロに就職。
その後12年間ドイツ企業3社で会社員として勤務。2004年からは、中間管理職として、ドイツ人の上司や同僚、部下と悪戦苦闘しながら働く。

転職、昇進、育児休業、復帰、解雇、失業など、さまざまな経験を経て、2009年に独立。
現在は、フリーランスで、ビジネスコーディネート兼ゲームのテストサービスを行っている。
2歳年上の夫、7歳の長女とミュンヘンにて3人暮らし。

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